転職道中膝栗毛

事件の果てに

中途採用は、需要と供給とのバランスで採用可否や企業が提示する年収提示額が刻々と変化する世界である。企業側の中途採用を行う背景の変化によって、企業にとって、「来ても来なくてもどちらでもいい人」が「何が何でも採用しなくてはならない人」に変わることがあり、また、その逆もある。

大手企業の場合には、応募途中において応募者の評価や待遇が変動することは、ほとんどないが、成長途上のベンチャー企業やオーナー企業の場合には、応募者の評価や待遇が著しく変動することがある。時には、それが求人企業や転職者の悲喜こもごもを生み出すことがある。


機械メーカーのT社は、経理・財務部門の課長の退職に伴う募集をかけており、その採用活動は最終段階に入っていた。ちょうど我々が紹介したFさん(男性・42歳)が、面接で高い評価を受け、課長職として内定を出した直後のことであった。

「ちょっとご相談があるんですよ。紹介いただいたFさんの件で。実は、既に提示している条件を変えたいので、Fさんを説得していただきたいのです。」

「うーん。もう内定が出て本人が承諾してますから、いまさらの条件変更は厳しいかもしれませんが・・・。どんな内容でしょうか。」

「実は、Fさんの上司の経理部長が家庭の事情で急遽退職が決定しまして・・・。決算前なのに部門の責任者が不在になってしまうのです。そこで、Fさんは、役員からの評価が高いこともあり、実質的な責任者にしたいのです。当初の説明であった5名の部員の取りまとめではなく経理部門15人の管理をして貰いたいと思っています。役職は、とりあえず部長代理ということで、年収は提示額にプラス150万円を乗せさせていただきたいと考えています。」

「なるほど。それは大変ですね。Fさんはなんと言うか分かりませんが、とりあえず意向を聞いて見ることにします。」

私は、直ぐにFさんとアポイントをとり、T社の提案をFさんに伝えたのであった。


私の予想とは裏腹にFさんは、そういう条件であれば入社は難しいと言い始めた。Fさんは前職で、経営不振で次々とスタッフや管理職が辞める中、経理部門の責任者として孤軍奮闘し、疲れきっていたのである。Fさんの転職の希望は、経営状態が安定した、経理・財務部門がきちんと動いている会社での中間管理職をしたいとのことが本音だった。転職先でも、同じようなことをするのは、こりごりということだったのだろう。

結局、T社は課長職にと元の条件を出してきたが、Fさんは、そういう状態の会社には入社したくないと、内定を辞退することとなった。


本当は相思相愛になるはずの2人でも、何かしらの事件が起こったことでうまくいかなくなったということがあるように、転職においても同じことが発生する。運命だといってしまえば、それまでであるが、事件さえなければ、FさんとT社はうまくいったように思えてならないのである。

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